般若一族作品の解析第3弾。
今回は馬ノコが狂うほど出てくる「馬賊戦記」です。
般若一族のページで、首孟夫さんが書いた解説があるのですが、
何度読んでも、私の理解が追いつかず。
自分なりに解釈して、少し詳しめに書いてみました。
手順に沿って解説すると変化と紛れがわからなくなるので、
途中脱線の多い解説になっています。(====でところどころ区切ってあります)
わかりにくいと思いますので、作意手順は最後にまとめて載せています。
(初形)
1.2枚の馬を引き寄せる初形から25成香とすると収束手順を試すことができるのですが、
【25成香、37玉、38歩】…図1

47玉なら58銀以下詰みなのですが、あいにく46玉として不詰。
ここ、もし63角が馬なら64馬以下。収束手順はこの61・63馬型でのみ
成立します。
63角を馬にかえる必要があるようです。
そのためには、いったん成ってもう一度遠ざければよい。そこで、初手から
【36成香、27玉、46成香、26玉、36角成、17玉】…図2

しかし、この36馬・46成香型では36馬を自由に動かすことはできません。
上図から35馬としても、26桂合でまったく詰まないからです。
どうやら、もう一枚の馬も近づけて、少し組み替える必要があるようです。
【62馬、16玉、52馬、17玉、53馬、16玉、43馬、17玉、44馬、16玉、
34馬、17玉、35馬引、16玉】…図3

36馬型での利点は、もう一枚の馬を簡単に鋸引きさせることができること。
26金合の変化も、(ここでは省略しますが)割り切れています。
(詳細は般若一族のページをご覧ください)
2. 45馬型を得る次に、45馬型で新たな馬ノコを得ることができる、ということに気付くのが
かなり難しいのではないかと感じました。
【25馬上、27玉、45馬、17玉、35馬右、16玉、34馬左、27玉、45馬寄、26玉】…図4

36馬・17玉型では18歩が打歩詰になりますが、馬を一つ遠ざけると18歩以下詰みます。
そこで、玉方はこれを避けて、17玉ではなく26玉と逃げます。
【44馬寄、25玉】…図5

上と同様に、35馬・16玉型では17歩が打歩詰になりますが、これも馬を一つ遠ざけると
17歩が打てるようになります。そこで、玉方もこれを避けて16玉ではなく25玉と逃げます
(16玉と逃げると17歩、25玉、36馬、24玉、35成香以下)。
このあたりの綾が非常にややこしい。
この局面で36馬とするのは16玉で打歩詰なので、
【35成香】と追うのが正しい手順になります。…図6

これに対して【14玉】と逃げるのは、
【36馬、13玉、22馬】まで簡単に詰みます。…図7

そこで、図6に戻って、35成香には16玉と逃げます。
【16玉、43馬、26玉、36成香、27玉、46成香、26玉、53馬、16玉】…図8

====以下補足====
ここで16玉にかえて25玉と逃げるのは、
【35成香、16玉、52馬、26玉、36成香、27玉、46成香】
で、2手短縮します(恐ろしい罠…)。
手順中の35成香に対して14玉と逃げるのは
【36馬、13玉、14歩、23玉、22と、同玉、31馬】…図9
以下詰。41と配置が利いています。

また、図8の16玉の局面から【17歩】と打つと簡単に詰みそうですが、
【25玉、35成香、14玉、36馬、13玉】で14歩と追えずに不詰。…図10

つまり、53馬型では、16玉型に対して17歩から35成香と追っても届きません。
35成香に対してはこのように、14玉と逃げられる変化が常に付きまといますが、
図7と図9でみたように、この変化が詰むのは
馬が44か53にいるときのみで、ほかの場所では詰みません。
例えば図8から
【34馬、27玉、63馬、26玉、35馬、16玉、52馬、27玉、45馬、26玉、62馬】とすると【25玉】…図11
で

この局面から【35成香】と追っても【14玉、36馬、13玉、14歩、23玉】で
捕まらなくなります。この逃れ順によって、45馬型では、
もう一方の馬を62~61へ運ぶことができないのです
(多分、首さんの解説では触れられていなかったと思います)。
====補足終了====
そこで、16玉と逃げた図8から、新たな攻め方を考えないといけません。
3. 47成香型を得る再掲:図8

【34馬、27玉、63馬、26玉】…図12

====以下補足====
図12から【35馬、16玉、52馬、27玉、45馬、26玉、44馬】…図13
がきわどそうです。

以下
【37玉、47成香、27玉、54馬、26玉、36成香、27玉、46成香、26玉、53馬行、37玉、
47成香、27玉、63馬寄、26玉】
と進むと(実はこれは作意でも最後に出てくる馬ノコです)…図14

さらに、
【36成香、27玉、35成香、26玉、25成香、37玉、38歩、47玉、58銀、同玉】と進みますが、
作意と違って馬が52にいるために、【85馬、67銀成】で、馬を36に引くことができずに逃れます
(作意では馬が52ではなく61なので、85馬にかえて94馬とすることが可能)。
また、14図から
【62馬行】と進めるのは、【37玉、47成香、同玉】…図15 とされて

以下、【58銀、同玉】で、62馬が活用できないために詰みません。
つまり、
ここまでに出てきた馬ノコを合わせるだけでは、2枚の馬を適切な場所に配置することができないのです。
ここで、首さんの解説を引用してみましょう。
『
47成香に対して、玉がこれを取れるのは、44や53に馬がいるときはだめで、73歩の影に入った62馬の時だけ。
逆に言えば、62馬の瞬間に47成香を同玉ととられ、詰まない』
====補足終了====
再掲:図12

【35馬、16玉、52馬、27玉、45馬、26玉、44馬、37玉、47成香】…図16

====以下補足====
これを【同玉】ととるのは、以下
【58銀、同玉、48金、67玉、85馬、76歩合、59桂、68玉、77銀、同歩成、58金】…図17
まで。44馬がうまく77まで利いています。

この手順は44馬が53馬でも成立する手順(手順中、77銀に代えて86馬)ですが、
62馬の時は成立しません(上記の図13~図15の紛れを参照)。
====補足終了====
回り道をしてしまいましたが、図16の作意に戻ります。
再掲:図16

ここから作意は【27玉】と逃げます。ようやく47成香型が実現しました。
【45馬(54馬でも可)、26玉、36馬、17玉】…図18

図2から4手進めた途中図(52馬、17玉の局面)と比較すると、
なんと変わった場所は46成香→47成香のみ!これだけのために延々50手かけたのです。
さて、ここからもまだ長い道のりです。
4. 34馬型を作り、新たな45-72ラインの馬ノコを得る47成香型を得たら再び、馬を近づけて34馬型を作る必要があります。
これは、次に72まで新たな馬ノコのラインを確保するためです。
はじめの手順と同様に、いったん遠ざけた52馬を再び35までひきつけ、
25に利きを作る必要があります。
再掲:図18

【53馬、16玉、43馬、17玉、44馬、16玉、34馬、17玉、35馬引、16玉】…図19

【25馬上、27玉、45馬、17玉、35馬右、16玉、34馬左、27玉、45馬寄、26玉】…図20

図18~20が、図2~4と対応していることをご確認ください。
図20では、はじめの46成香型ではできなかった新たな馬ノコが可能になっています。
【44馬上、27玉】…図21

46成香型のときは、ここで37玉と逃げられて詰みませんでしたが、47成香型になったことで、37が封鎖されているのです。
この(34馬・47成香)型では、45-72ラインをもう片方の馬が自由に行き来することができます。
【54馬、26玉、53馬、27玉、63馬、26玉、62馬、27玉、72馬、26玉】…図22

無事、72まで馬を運ぶことができましたので、ここからラインを繰り替えて61馬型にします。
47成香型は46成香型に変換しておかないと、35馬型を作ることはできません。
【36成香、27玉、46成香、26玉、35馬、16玉】…図23

【61馬、27玉、45馬、26玉】…図24

これで、61に馬を据えることができたので、47成香を同玉ととられる心配がなくなりました。
また、61馬型なので25玉と逃げられる厄介な変化もありません。
馬を63に遠ざけるための、最後の鋸引きが出てきます。
5. 63馬型に戻す成香をやりくりしながら、2つ目の馬を遠ざけていきます。
再掲:図24

【44馬、37玉、47成香、27玉、54馬、26玉、36成香、27玉、46成香、26玉、
53馬、37玉、47成香、27玉、63馬、26玉、36成香、27玉、35成香、26玉】…図25

この局面と初形を比較すると、見事に63角が63馬に裏返っただけになっています。
ここまでかかるのに122手!
====以下補足====
※ここで、「馬賊戦記」唯一のキズ(?)が存在するようです。
上図【26玉】に代えて【54歩合】とする手があるのです。…図26

これは【同馬、26玉、36成香、27玉、46成香、26玉、53馬、37玉、47成香、27玉、63馬、
26玉、36成香、27玉、35成香】…図27
と進み、元の局面に還元します。

16手かけて元の局面に戻るので、無駄合とみなしてもよいのですが、
現代ルールではなるべく避けたいと言われている類の変化です。
さらに、2歩持ったこの局面では、ちょっと長いですが
【46成香、26玉、36馬、17玉、62馬、16玉、52馬、17玉、53馬、16玉、43馬、17玉、
44馬、16玉、34馬、17玉、35馬引、16玉、25馬上、27玉、45馬、17玉、35馬右、16玉、
34馬左、27玉、45馬寄、26玉、44馬行、37玉、38歩、27玉、45馬右、16玉、17歩、25玉、
36馬、24玉、35成香、23玉、22馬】
までの別詰も発生しています(作意手順よりもずっと長い)。
5筋に歩を配置することができればいいのですが、どうも盤面はいっぱいみたいです。
====補足終了====
本筋に戻ります。63馬に26玉と逃げた局面から。
再掲:図25

ここまでくれば、最初に確認した収束手順をたどってみるだけ。
38歩に46玉の変化は、63馬のおかげで詰むようになっています。
図25から
【25成香、37玉、38歩、47玉、58銀、同玉、94馬、67金】…図28

なぜこの形に戻さなければいけないかは、首さんの解説で言い尽くされています。以下引用。
『
玉から遠い馬を使って最初の合駒を問うのだが、そのときに36に引ける馬を残して
おかなければ、(94馬に対して)67銀成が詰まない』
すなわち、図28で67金合にかえて【67銀成】は、【48金、68玉、58金、同玉、36馬】以下。…図29

変化で36馬と引く余地を残しつつ、左側から王手をかけることができるのは、
61馬・63馬型のみ、ということですね。作意では63の馬は36ではなく85に引き、以下は収束手順です。
5. 手順のまとめ作意をまとめて並べてみます。
(動く将棋盤で鑑賞したいという方は般若一族のページから鑑賞できます)。
初形

【36成香、27玉、46成香、26玉、36角成、17玉】

【62馬、16玉、52馬、17玉、53馬、16玉、43馬、17玉、44馬、16玉、34馬、17玉、35馬引、16玉】

【25馬上、27玉、45馬、17玉、35馬右、16玉、34馬左、27玉、45馬寄、26玉、44馬寄、25玉、
35成香、16玉、43馬、26玉、36成香、27玉、46成香、26玉、53馬、16玉、34馬、27玉、63馬、26玉】

【35馬、16玉、52馬、27玉、45馬、26玉、44馬、37玉、47成香、27玉、45馬、26玉、36馬、17玉】

【53馬、16玉、43馬、17玉、44馬、16玉、34馬、17玉、35馬引、16玉】

【25馬上、27玉、45馬、17玉、35馬右、16玉、34馬左、27玉、45馬寄、26玉】

【44馬上、27玉、54馬、26玉、53馬、27玉、63馬、26玉、62馬、27玉、72馬、26玉、
36成香、27玉、46成香、26玉、35馬、16玉】

【61馬、27玉、45馬、26玉、44馬、37玉、47成香、27玉、54馬、26玉、36成香、27玉、
46成香、26玉、53馬、37玉、47成香、27玉、63馬、26玉、36成香、27玉、35成香、26玉】

【25成香、37玉、38歩、47玉、58銀、同玉、94馬、67金】

【48金、68玉、67馬、同玉、85馬、76角、77金、68玉、58金、同角成、78金、同玉、
79銀、87玉、88歩、同金、同銀、同玉、89金、87玉、79桂】まで151手詰。

収束手順に入るためには63角ではなく馬である必要があり、
また、適切な場所に角を引くために61馬・63馬型を作らないといけない。
63馬型を得るためには46成香~47成香~36成香の往復運動を含む
馬ノコを行わなければいけないが、この、(図24から図25に至るまでの)
鋸引きは、36馬型・17玉型からでは成立せず、45馬・26玉型を作る必要がある。
また、47成香を同玉ととられる変化で、馬を引く必要があるため、
61馬型を作っておくことが必要。
しかし、直接、43-53-52-62-61のラインで馬を運んでも収束に入ることができない。
なぜなら、このラインを確保して、かつもう一方の馬を動かすためには
36馬型ではなく45馬型でなければいけないが、
45馬型では常に25玉~14玉と逃げられる順があり、
この変化が詰むのは馬が44か53にいるときのみだからである。
そこで、61馬型をつくるために、47成香・34馬型から36-72ラインの馬ノコで遠ざかり、
繰り替えて72-61馬と移動させる。
47成香型にする理由は、馬ノコの途中で37玉と逃げられないようにするため。
47成香型を得るために、47成香に同玉の変化に備える。
馬を85に引けるようにする必要があるので、一度馬を52へもっていく。
52へ馬を持っていくためには45馬型で馬ノコを行う必要がある。
片方の馬を45-34に配置したまま、もう片方の馬を43-53-63-52と離していく。
43-61ラインの馬ノコで遠ざかるように見えて、実は62馬時点での変化が詰まないので、
いったんラインを繰り替えて72から攻めないといけないという素晴らしい仕掛け。
それを看破しないと見えてこない、47成香型への変換と、それに伴う変化。
繰り替えるために毎回、馬を近づけたり遠ざけたりしないといけない
もどかしさ。
出てくる馬ノコは5種類ですが、16玉型と25玉型、46成香型と47成香型の差異などを
かけ合わせると、とんでもないパターンの馬ノコを読まされることになります。
究極の作品ではないでしょうか。
6. 筆者の感想今井光作品よりも理解が難しい作品でした。
修正図は収束が精いっぱいだった、と首さんのページには書いてありますが、
収束があるだけでもすごいこと(余談ですが、不動の11飛と99飛に茶目っ気を感じるのは
私だけでしょうか)。修正図は出題時余詰だったそうで、完全作として世の中に
出回っていたらどのような評価を受けたのだろう、と思うと、なんとも惜しまれます。
今回解析したのは修正図ですが、原図では作意や変化の割り切り方がだいぶ違うみたいで、いつか鑑賞してみたいです。
「馬賊戦記」はどうやら、有名な小説の題名からとったようです。
私は薄学で読んだことがないのですが、あらすじを調べてみると
・戦争後の混沌とした世の中
・中国大陸で「馬賊」として活躍した日本人の一代記
・抗日闘争と日本人としてのアイデンティティの葛藤
などがヒットします。
2枚の馬が踊る様子をこの小説の題名と掛け合わせたのか、あるいは、
孤独な日本人として果敢に生きる主人公を、馬との闘争を重ねる玉と重ね合わせたのか。
般若一族の作品は見ていると勉強になります。
棋力がさほどない私でも、論理を紐解けばわかる…という点は、
コンピューターでも解けない難解作(裸玉とか)とは全く異なる作品群。
園狸の虎や馬賊戦記、今井光作品は、コンピューターで解かせると
いともあっさりと答えを出してくる。「こんなの簡単ですよ」と言わんばかり。
それをパズルとして、悩んで味わうことのできる人間のほうが、
コンピューターよりも幸せな頭を持っているのかもしれません。
園狸の虎は、拡張した無駄合の概念に全面的に頼っている部分があり、どうも解説しづらい。
逆に馬賊戦記は、非限定やキズが限界まで少なくなっている。
私が見つけたのは、図15から図18に至るまでの54馬/45馬のキズと、図25の54歩合のみ。
しかし、これだけの複雑な馬ノコでなぜ迂回手順がないのか、私には不思議でなりません
(少なくとも私は見つけていないのですが、どなたか見つけたら教えてください)。
コメンテーターとして、馬ノコに詳しい馬屋原さんあたりに
登場していただけるととてもうれしいのですが。
ではでは。国外からの論考でした。
7. 参考文献じっくり見させていただきました。御礼申し上げます。
・「般若一族全作品」
・「般若一族の叛乱」ページ(URL:http://hyudo.shiteyattari.com/problem/bazoku/bazoku.html)