![]() 0.はじめに
先週は東京の会合、詰工房に参加。 初めてお会いした方がたくさんいらっしゃって、とても刺激になりました。 加えて、このブログが結構多くの人に読まれていることを知ったので いい気になって記事を書いてみました。 そして、忙しいはずなのになぜか筆は進む。 お暇な方は、GW後半の空き時間にでも読んでみてください。 今回取り上げてみたのは、詰将棋メモの「正解者なし難解作」を勉強しようと思って見つけた作品 (http://toybox.tea-nifty.com/memo/2009/01/post-5f4c.htmlをご覧ください)。 「詰将棋の欠片(http://hirotsume.blog.fc2.com/)」を頼りに見ただけでは 不利合駒がちょっと出てくるだけで、なぜ正解者なしだったのか理解できない。 しかし、当時の解説には 「発表当時、正解者なし。とにかく複雑難解な構想作品です。」と書いてある。 本当か?疑心暗鬼のまま、何とかひも解いてみようと少し鑑賞。 序盤を理解したので何とか解説を書きはじめましたが、 後半になってくるにつれて実はだれてきた。 その原因としては、構想が重なって一つの作品をなしているわけではなく、 いくつか山が分かれていることにあったようです。 とはいえ、実際に記述する構想や作品としては、 現代でもなかなかお目にかかれないような代物。頑張って味わってみましょう。 ![]() 田島暁雄氏作(1971.11 近代将棋)塚田賞受賞作 1.不利合駒の2つの罠 初手から自然に進めてみます。厄介そうな初形ですが、57玉と逃げられたくないので とりあえず飛車の横利きを通してみたくなるところ。ということで、自然に進めるなら 【39角、48歩合、同角、同と】 ![]() ※48歩合のところ、57合だと 【58桂、65玉、74銀、64玉、54馬まで】 この辺はまだ見やすい。 上図より、67歩も自然なところ。 【67歩、同桂成、同馬、65玉、76馬、56玉】 ![]() ちなみに最後56玉に変えて64玉と下に逃げようとするのは、 【67飛、73玉、83歩成】以下。 さて、この【76馬、56玉】の局面が問題です。ここから普通に進めると 【57銀、45玉、54馬、35玉】 これは典型的な打歩詰の局面。 ![]() 手順中57銀にかえて、67銀型なら打歩詰にはならなさそうですが… ![]() ここから【36歩、46玉】と進めてみた局面が不思議に詰まない。 38桂なら同とですが、58には依然として香が利いています。 勘の鋭い方ならここでお分かりかもしれませんが、実は67銀や57銀の代わりに 57歩ならこの変化は詰んでいる。というのも、67銀でなく57歩なら、55香の利きを遮ることができるからです。 つまり、4手目まで進めた局面に戻って… ![]() 【67銀!、同桂成、同馬、65玉、76馬、56玉、57歩、45玉、54馬、35玉】 ![]() さっき想定した局面が出てきました。ここからなら簡単。 【36歩、46玉、38桂、同と、58桂まで】 最後の桂馬が非限定なので、これが作意のはずはありません。 ※持駒の銀を先に使っているので、76馬に対する64玉の変化がちょっと難しく なっています。すなわち、65玉まで進んだ局面から 【76馬、64玉、67飛、73玉、83歩成、同玉、63飛成】 以下。しかし、解答者にとっては踏み込みたくない変化。 このあたりの心理的に指しづらくするような作り方がすごいなあ、と思いました。 さて、すべての変化が詰んだところで再び。 勘の良い方なら2手目の歩合がおかしいことに気付くのではないでしょうか。 つまり、初手から ![]() 【39角、48銀合!、同角、同と、67銀、同桂成、同馬、65玉、76馬、56玉】 ![]() 2手目に銀合されると、さっきの紛れ図に戻ってしまいました。 こうなると、さっき見た通り詰まない。鍵は2手戻したこの局面にあります。 ![]() 76馬に代えて、以下 【74銀打、64玉、63銀成!、同玉、75桂、64玉】 ![]() 何ともやりづらいですが、75桂に対して 73玉なら83歩成以下、53玉なら 【43と、同金、45桂、52玉、53香、41玉、51香成、同玉、42金】以下 難解ですが詰んでいるようです。ここでかなりの落伍者が出たのではないかと予想。 ※近代将棋の解説再現を見る限り、ここまでたどり着いた解答者は結構いた模様です。 しかし、不利合駒に気付かずに2手目の合駒を歩合とし、67歩から74銀と攻めて 作意に還元してしまった可能性があります(後述)。 普通に進めると 【66香、65歩合、同香、同玉、76馬、56玉、57歩、45玉、54馬、35玉、36歩、46玉、58桂、同と、38桂】まで? 先ほどと同じで、どこがおかしかったのかもうお分かりでしょう。 【66香、65金合!】 ![]() もし65銀合なら 【同香、同玉、74銀打、75玉、76馬、64玉、54馬、75玉、76馬、64玉、67飛】 以下。ということで金合です。 おそらく作者の狙いは 「同一地点における打歩詰の誘致のため、2回の不利合駒を行う」 ことにあったようだと、ここにきてわかります。 上図から普通に進めると同じような局面となり、 【同香、同玉、76馬、56玉】 ![]() 67金も、57金も詰まないことは、(金か銀かの違いはあれど)上に書いた紛れで見たとおりです。 ここで第二の関門が待ち構えていた。当時の解答者に関して何の情報もありませんが、 多くの人が打歩詰をいかに打開するかを考え、失敗したのではないでしょうか。 2.伏線の馬捨て ![]() 不利合駒の金を取った局面から別の攻め方をしてみると 【76銀、74玉、85金、73玉、83歩成、64玉】 ![]() 最後、62玉なら手が続きそうですが、64玉とされると続かなくなる。 そこで… 【76銀、74玉、56馬!、同香、85金、73玉、83歩成、62玉】 ![]() さんざん読まされたあとの伏線手はなかなか見えにくい (馬を消しておけば、最後64玉と逃げられても67飛と回って詰みます)。 序盤で働いた馬がここで邪魔駒になってしまうとは。 また、62玉に対しても67飛と回って手が続きそうですが、左辺に追ったときは 後述するように、23飛成という手が出て詰むことになっています。 つまり、ここで飛車を回ってしまうと23飛成ができずに詰まない仕組みになっているのです。難解。 3.打歩詰回避の回り道 さらに進めてみます。 【74桂、53玉、43と、同玉】 ![]() 【45香、53玉、23飛成、同金、44銀、64玉】 ![]() また打歩詰が出てきました。序盤の不利合駒を理解しても、この変化を 読み飛ばして(後述の通り、43とに同金から作意に短絡してしまって) 引っかかった人も多いのかもしれません。 この打歩詰は解消できないので、8~9筋の攻防で回り道をする必要があります。 …平然と進めていますが、この辺はすでに変化・紛れだらけ。頭はパニック状態! 皆様、どこにトリックが仕掛けられていたのかわかりましたか?… (この第3の関門ともいうべき仕掛け、私は全くわかりませんでした) 一度65金合した局面まで戻ります。 ![]() 【65同香、同玉、76銀、74玉、86桂、84玉、94金、73玉、83金、62玉、74桂、53玉、43と】 ![]() なんという進め方でしょう。少し上の紛れ図と比較すると、 と金か、金かの違いはあれど、85金だけがきれいになくなった状態になっているのです。 作者がこれを意識的に取り入れたことは間違いない。 ここから【同玉】なら 【45香、53玉、23飛成、同金、44銀、64玉、65歩、74玉、86桂まで】 ![]() 何と、歩が打てて詰むようになっています。巧妙。 よって、43とには【同金】となり、45桂以下収束への道が開ける、ということです。 ![]() ここから45桂以下37手もかかりますが、狙いとは関係ないところだと思われるので省略。 4.手順のまとめ ということで、まとめて作意を並べてみます。 ![]() 【39角、48銀合、同角、同と、67銀、同桂成、同馬、65玉】 ![]() 【74銀打、64玉、63銀成、同玉、75桂、64玉】 ![]() 【66香、65金合、同香、同玉】 ![]() 【76銀、74玉、86桂、84玉、94金、73玉、83金、62玉、74桂、53玉、43と、同金】 ![]() 【45桂、42玉、34桂、41玉、31と、同玉、22と、同金、同桂成、同玉、12歩成、31玉】 ![]() 【33香、41玉、32香成、同玉、23飛成、同玉、13香成、32玉、22と、41玉、32金、52玉、 53歩、同金、同桂成、同玉、63金、43玉、33金、同玉、23成香、43玉、44歩、42玉、32と】 まで69手詰。 ![]() 収束はかなり冗長な感じがありますが、前半の56馬伏線のために必要となった27飛の配置を さばき切り、数々の変化紛れを切り分けた3段目までで持ち歩を使って収束。 このくらいが限界だったのでしょうか。 5.なぜ本作は正解者なしだったのか(推測) 本作では不利合駒を気付かせにくくしている原因として、2手目の48歩合の変化があります。 すなわち、下図は48歩合に同角、同とと応じた局面。 ![]() ここでは最初、【67銀】以下詰むという話を書いたのですが、実は作意手順に則って 【67歩、同桂成、同馬、65玉、74銀打、64玉、63銀成、同玉、75桂、64玉】 ![]() 以下、作意に還元してしまう罠があるのです。 また、ここから66香に65歩合とすると、そのまま54馬~36歩が打てて29手で詰めあがってしまう。 つまり、不利合駒に全く気付かずに進めてもそれなりに長さになってしまうのです。 ここが一つ目の罠と思われます。 しかし、2度の不利合駒だけであれば、くぐり抜けた人はいたのではないか。 問題はそのあとの56馬捨て(これはまだ見えやすいか)や、 86桂~95金の回り道にもあったのではないでしょうか。 これらの伏線は不利合駒とは独立で作られているものの、 変化・紛れを読み切るのが相当に大変な部分。 例えば、74玉型で85金以下普通に進めてしまい、43とに同玉を詰むものとして 変化を読み飛ばしてしまったとしたら… 誤解者が出るのも無理はないところです。 現代の目で見ると、一つ一つの伏線や罠については見たことがないわけではありませんが、 これらを同時に見破ることは、並大抵のことではありません。 不利合駒が希少だったと思われる当時、2度にわたる罠を設けた作者の構想の勝利でもある。 レベルの高い、受賞にふさわしい作品と思います。 6.筆者の感想と勝手な妄想 なるほど、難解な作品です。構想に加えて、相当な腕力がないと作れない。 前半の不利合駒2回は同一地点で行われていますが、例えば若島正氏作(2014.1_大学院:参考図参照)や、 相馬慎一氏作(2013.10_81puzzler:参考図およびリンクを参照)と比較したときに、 これはグループ不利合駒ということはできません(2つの合駒は同じ意味付けで、独立に選択されるため)。 仮に、本作初形の持ち駒である銀を合駒で、逆算で出すことができていたら、これは立派な「グループ不利合駒」 第一号局だったはずなのですが… ![]() 作者の頭にはあったけれど、逆算が限界だったのでしょうか。 それとも、論理はそこまで気にされなかったのでしょうか。 ※ただ、上図で仮に持ち駒が歩2枚だと、67歩には65玉で詰まないようです。 とすると、この構図では銀銀のグループ不利合を出すのは無理なので、 やっぱり作者は構想に気付いていながらもあきらめたんでしょうか… 作者ご本人に聞いてみないと、この辺は不明ですね。 ※参考とした2題の図面をあげておきます。若島作は持ち駒歩歩や歩飛で詰むけれど飛飛では詰まない 局面を意識的に作り出した作品(その飛車を連続中合で出したのが作者のこだわり!)、 相馬作は3回にわたる合駒の選択を有機的につなげて、玉方が打歩詰に誘導する作品です。 ![]() 若島正氏作(詰将棋パラダイス大学院 2014.4) 【参考:ベイと祭りと詰将棋「第281回詰工房例会報告」】 ![]() 相馬慎一氏作(81puzzler特別出題、2013.12) 【参考:81puzzler】 今から40年も前、詰将棋界のトレンドがどうだったのかは私にはわかりません。 不利合駒の後のまとめ方を見ると、作者は前半部分に見られる論理性よりも むしろ「変化・紛れの複雑な局面に伏線を入れ込むこと」を重視していたのではないでしょうか。 作者がこの作品で「正解者なし」を狙っていたとしたら、目論見は見事に成功したわけです。 冒頭に「だれている印象を受けた」と書きましたが、このあたりが現代の詰将棋との 大きな感覚の差ではないかと思われます。 ということで、論理の組み合わせという点で見ると、本作は少し弱いのではないか、というのが 私の感想。同じ素材でも、時代によって仕上げ方も変わってきますよね。 かつて解析した今井光作品(→こちらを参照)も実は、この作品と同時期に発表されたようです。 すさまじい論理でつながっているあちらの作品は無受賞で、この時に塚田賞を受賞したのがこの作品。 現代の目で見ると、論理構造を重視した今井光作品のほうが輝いて見えますが、 こちらの作品も受賞にふさわしい傑作であることは間違いありません。 7.最後に 本稿の執筆に当たっては詰将棋の欠片(→こちら) をじっくりと読ませていただきました。厚く御礼申し上げます。 ではでは。 ![]() |
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※あまりにも陳腐な名称なので漢字を少しかえてみました。懐石料理のようにじっくりと詰将棋を味わう意味も込めて。
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Author:shogisolving160
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