0.はじめに今日は超長編を解読します。
※図面が調整できずに大きいままですが、お許し下さい。
昨年度の看寿賞受賞作ということでかなり有名かと思うのですが、
私自身仕組みがよくわからなかったこと、また書いてほしいという依頼を以前、知り合いの方からメールでいただいたことから、
ブログを書きつつ私もこの作品について勉強させていただくことにしました。
リクエストをいただいてから一年ほどたっていて、何と仕事の遅いこと。

井上徹也氏作(849手詰)「涛龍」
詰将棋パラダイス2012年7月号(半期賞・看寿賞)
看寿賞受賞作であっても、実は詳しく解説されているところは少ない。
全詰連の紹介ページも詰将棋パラダイスのホームページも最近は看寿賞作品の図面のみ展示に
なってしまい、本誌を取っていない人には正直よくわからない。
詰将棋の世界に入っていない人も見るからこそ、作品に解説を付けないと、作品のどういうところが評価されて、どのように素晴らしかったのかが伝わらないと思うのですが…(これはあまり関係ない愚痴です)。
ちなみに本誌の解説でも、多くの作品はページ数が限られていて、奥深くまでは触れられていることは少ない。
とりあえず、本題に入ります。
1.作意手順の流れ※とてつもなく長いので、手順は適宜省略させていただきました。
1-1.序【53飛、24玉、25銀、同玉、23飛成、24銀合、26馬、同玉、24龍、37玉、27龍、46玉、47龍、55玉、56龍、44玉、54龍、33玉、43龍、24玉】(20手)

全駒使用で合駒できないのを確認して、飛打からの回転が始まります。
3手目13銀打として作意を省略できそうですが、14玉で逃れます。
43龍型で12の香を取る必要があります。
26馬と捨てた後は左下の駒と龍・玉以外は一切動かないので『xx龍、yy玉』として局面を表しています。
※ここまでの変化ですが、
まず2手目に14玉は23銀、25玉、34銀生、同玉、43角成以下。この変化のために初手53飛は限定。
56龍に64玉は【54龍、73玉、83歩成、62玉】として、銀を持っているので詰みます。
また、途中の43龍に対して22玉はこれも23に銀を打って簡単。
1-2.銀⇒香⇒角 の持駒変換【13銀、同香、同龍、25玉】(24手)

『13龍、25玉』型
ここから直接27香は無謀で、16玉として後が続かない。
持った香を一度銀に変え、さらにもう一周して戻ってくる必要があります。
『43龍、24玉』型でようやく27香を打てます。
※途中の変化ですが、
『23龍、24合駒』型では
26銀や香に同桂と取ると43角成として簡単に詰むのに、
『43龍、24玉』型では
27香、26角合、同香、同桂として不詰。13龍には34玉として逃れるためです。
この34桂の配置がうますぎる。
以下、持駒を角に変換します。
【23龍、24銀合、26香、同玉、24龍、37玉、27龍、46玉、47龍、55玉、56龍、44玉、54龍、33玉、43龍、24玉、13龍、25玉、23龍、24香合、26銀、同玉、24龍、37玉、27龍、46玉、47龍、55玉、56龍、44玉、54龍、33玉、43龍、24玉、27香、26角合、13龍、25玉、26香、同玉、24龍、37玉、27龍、46玉、47龍、55玉、56龍、44玉】(72手)
1-3.歩はがし【55角、53玉、77角、42玉、33角成、同玉】(78手)

55-77-33と角が舞い、と金を一枚はがします。
付記しておきますと、
『56龍、44玉』型から、55角、53玉、77角と空き王手をした瞬間
【62玉】という変化があります。これは
【63歩、同玉、74銀、62玉、73銀成、同玉、53龍】以下詰みます(95歩はこの変化のための配置か)。
77で得た歩を、13ではじめに得た香車と同様に26に叩いて回転させます。
1-4.繰り返す1-1から1-3を繰り返し、88と、99とを同様にはがします。
すなわち、上図より
【53龍、24玉、13龍、25玉、23龍、24銀合、26歩、同玉、24龍、37玉、27龍、46玉、47龍、55玉、56龍、44玉、54龍、33玉、43龍、24玉、13龍、25玉、23龍、24香合、26銀、同玉、24龍、37玉、27龍、46玉、47龍、55玉、56龍、44玉、54龍、33玉、43龍、24玉、27香、26角合、13龍、25玉、26香、同玉、24龍、37玉、27龍、46玉、47龍、55玉、56龍、44玉、55角、53玉、88角、42玉、33角成、同玉】(136手)

【53龍、24玉、…同一手順で99とをはがす…33角成、同玉】(194手)

【53龍、24玉、…56龍、44玉】(246手)
1-5.左下から角を打ち、質駒を引っ張ってそれをとる上図より
【99角、88銀合、同角、同歩成、54龍、33玉】(252手)

【43龍、24玉、…55角、53玉、88角、42玉、33角成、同玉】(292手)

こうして、194手目の局面から87歩が1枚はがれました。これを繰り返します。
※歩とと金の群を消す順番ですが、歩合をすると手数が長くなるため、先に歩が動きます。そのほかは特に限定されていないようで、88と77、どちらからでも良いようです。また、78のと金も88と77、どちらへ動いて消えても良いようです。
1-6.同様にして76歩、86と、97と、78とを消去する【99角、77銀合、同角、同歩、54龍…56龍、44玉、55角、53玉、77角、42玉、33角成、同玉】(390手)

【53龍、24玉…56龍、44玉】(442手)
【99角、88歩合、同角、同と右、54龍…56龍、44玉、55角、53玉、77角、42玉、33角成、同玉】(506手)

【53龍、24玉…56龍、44玉】(558手)
【99角、88歩合、同角、同と、54龍…56龍、44玉、55角、53玉、88角、42玉、33角成、同玉】(622手)

【53龍、24玉…56龍、44玉】(674手)
【88角、77歩合、同角、同と、54龍…56龍、44玉、55角、53玉、77角、42玉、33角成、同玉】(738手)

【53龍、24玉…56龍、44玉】(790手)
1-7.66銀と出てくる⇒収束【77角、66歩合、同角、同銀】(794手)

『56龍、44玉』型での55角打を不可能にすると同時に、収束『24龍、37玉』型での55角打での質駒の役割をなしている。
まるで、生物の心臓の動きが止まったときの潅流(reperfusion)みたいです(ちょっと違うか)。体内(盤面)を駆け巡っていた血(龍)の流れは、致命傷を負ったのちもしばらくはぐるぐるしているのですが、心臓がやられるとポンプがないために循環できなくなり、やがて止まる(と、習った記憶があるのですが、あってますか?)。
以下は同じように歩⇒銀⇒香⇒角の持駒変換を行ったのちに
55角と見事な捨て駒が出て自然に収束します。
【54龍、33玉、43龍、24玉…24龍、37玉】(842手)

【55角、同銀、27龍、48玉、47龍、39玉、38龍】まで849手詰。

75銀が66へ動いたことで、56龍に対する64玉の変化で注記があるのですが、
2.にまとめて書いています。それにしても見事な作品。
2.配置に関する考察さて、この作品に関して分からなかったことをいくつか解読していきます。
2-1.76歩⇒76とで飛躍的に手数が伸びるのにそうできない理由どうやら『56龍、44玉』型から
【99角、66歩合、同角、同と】とすると、もう一周してきたときに
56龍を取られてしまうためのようです。
2-2.作意では全然働かない、「96と」「89銀」の意味75から銀が移動したとき(最後)の、56龍に対する64玉の変化で関わってきます。すなわち、812手目(66銀型+香)で『56龍、64玉』以下
【54龍、75玉、74龍、86玉、76龍、97玉、98香】として詰ませるための配置です。

96とがある理由は、最後の周の『43龍、24玉+持駒香』型から
【27香、26角合、同香、同桂】とする紛れ順が関わっています。以下、
【13龍、34玉、56角打、44玉、43龍、55玉、45龍、64玉、54龍、75玉、74龍、86玉、76龍、97玉】と追う筋があります。
これは持駒なしで上の図『76龍、97玉』と左下の形は同一で、最後の98香を持っていないために逃れています。
(下線部は2/27加筆。平井さん、ありがとうございます)
では、次の問はどうでしょう。
2-3.87歩⇒87とで飛躍的に手数が伸びるのに、そうできない理由上で説明した変化が密接にかかわっています。
87歩⇒87との配置で、77、88、99のと金をすべて取り払い、99角としたときの図。

ここから、97と・86とのみを消去して、いきなり玉方が収束に誘導してしまいます(手順省略)。

上図より
【66歩合、同角、同銀】
75銀⇒66銀という、連取りをストップさせる動きは、玉方が選択権を持っています。
さて、ここから『47龍、55玉』型へすすんでみると…(手順省略)

【56龍、64玉、54龍、75玉、74龍、86玉、76龍、97玉】
不詰。このため、87はと金ではなく歩にしているようです。
2-4.その他『56龍、44玉』の局面では

【55角、53玉、33角成】という紛れがあるので
そもそも62のスペースを空けておかないと作意が成立しません。
【55角、53玉、28角、42玉】も危険ですが不詰。
28にリスキーな香を置かなければならない理由は、
一番最初の手順【13銀、同香、同龍、25玉】のときに28香と打たれるのを防ぐため。
玉方29となどでこの手順を防ごうとすると、収束の55角に対して48玉で不詰。
また、この28香を置かずに、13で取る駒を歩にしてもよさそうですが、そうすると
初形局面で玉方が香を持っていることになり、53飛に対して33香合されて
初手が成り立たなくなってしまいます。
これは玉を33に配置して初手43飛とすればいいのですが、井上さんはあえて23玉型を選択した。
つまり、28香配置は初手53飛の成立に関わりがあると考えられます。思うに、井上さんはこの初手限定打を入れることにかなりこだわったのではないでしょうか。
こうしてぎりぎりで、全ての駒が余すことなく使われている。限界に近い詰将棋と思います。
3.おわりに井上さんの最近の活躍ぶりは目を見張らんばかり。
ただ、シンメトリーや涛龍を見ていると、決して理解不可能な領域ではない(というとお前が作れ、と言われそうですが…無理です)というか。
つまり、木星の旅や乱、はたまた高木秀次作品のような難解さ・複雑さがあるわけではない。
本作も盤面がきれいに使い分けられていて、(決して簡単ではないのですが)複雑怪奇な枝分かれを使わなくても変化紛れの切り分けが可能である。
しかし、その構図を見つけ出して組み立てるところがすごいなあと思います。
!caution!
検討ソフトがなく、また現在海外で盤駒も手元にないため、かなりの割合で間違いを犯しています。
もし気づいた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
すぐには難しいかもしれませんが、できる限り速やかに加筆修正させていただきます。
またもや長くなってしまいましたが、今日はこのあたりで。