今回は一つの作品を考察するだけではなく、少し比較を加えてみようと思います。
メインの中村作はちょっと待って、まずこちらの2作品をご覧ください。
上田吉一作(将棋世界2004年5月)

44桂、53玉、33飛成、43桂合、52桂成、同歩、45桂、同飛、44龍、同飛、54歩、同飛、62馬まで13手詰。
詰将棋サロンに私の初入選作が載ったのと同じ月で載っていた作品なのでよく覚えています。当時中学生だった私にとって、打歩詰打開の44龍捨てはびっくり仰天でした。
今の目で見てみると、43桂合いを発生させた上を龍が滑っているのが美しい。無駄な駒のない、さすが上田さんという完成度です。
それと、他の例をもう一作。
岩田智之作(将棋世界2006年2月)

27桂、同飛生、37飛、同飛生、27桂、同飛生、47桂、同飛生、46角、同飛成、36歩、同龍、24馬まで13手詰。
他にも似た作品があるかもしれませんが、私の覚えている限りで一番シンプルな作品を引っ張りだしてきました。上田作から2段下げて、飛車を生で運動させているところが見どころ。この月の優秀作。
この2作品は打歩詰打開を主眼としているため、軽く上手にまとまっています。今回この作品を取り上げたのは、同じ飛車の翻弄でもとんでもないものに化けうるという例をお見せしたかったからです。
中村雅哉作(詰将棋パラダイス高校2007年9月、半期賞受賞作)

たとえば初手66香だと
65歩合で上部脱出が防げません(作者本人からご指摘いただきました。ありがとうございます)。
で、作意は77のと金をずらすために初手67飛!65桂の移動中合は同飛、53玉、54銀から攻めていって簡単(下図参照)

同時にこの飛車は77のと金を狙っています。これは玉方の桂が品切れだから成立する技で、たとえば56桂、同飛をはさんでから67飛と打つと、65桂打とされて

以下54馬と迫っても75玉で、77にはひもが付いているので逃れ(上図の65桂打合は限定で、他の合駒では77飛以下詰むようです)。
というわけで、冒頭は67飛、同と。

さらにつぎの56桂も、よく入ったなという手。これを省いて66香だと65桂跳!

これを同香では75から、同馬では53から脱出されます。42馬としたいのですが、飛車が縦に効いているので逃れ。だから56桂をはさむ必要がある、ということです。他にも煩雑な紛れが数え切れないほどありますが、簡単に仕組みだけ紹介させていただきました。
ここを過ぎるとぐっと変化・紛れが少なくなって解きやすくなります(小骨はいくつかありますが、これも省略させていただきます)。
<再掲初形>

67飛、同と、56桂、同飛、66香、同飛、76桂、同飛、75銀、同飛、65歩、同飛、54馬、同銀、74金まで15手詰。
単なる打歩詰打開では、作品の広がりに限りがあります。そこで中村さんは以下の3つを盛り込んでいます。
・63銀を配置し、54馬捨てを収束に加える
・53桂を配置することにより66香捨てが入るようになり、さらに65桂の移動中合を紛れに置くことで56桂捨てが入る
・67飛を逆算
作者本人に聞いたところ、やはり67飛は最後につけ足したものだそう。
中村さんがこの作品を作るとき、頭の中にはきっと冒頭にあげたような過去作(もしかしたらここに書いた2作品以外かもしれませんが)があったはずです。打歩詰を使うと簡単に軽くまとまる素材。しかし打歩詰を捨てることで、こんなに重厚な作品に仕上げるのはとてもまねできません。
看寿賞受賞作の「弄龍」も好きですが、こちらの作品の方が、重量感があって私は好みです。
※作者本人に変化紛れを問い合わせたところ、詳細を後ほど送って下さる、とのことでした。なので、必要に応じて後日、変化紛れの解説を付け加えるかもしれません。
<オマケ・自作紹介>
これに触発されてできたのが以下の自作。
将棋世界2011.12/この詰将棋がすごい!2012年度版

53銀、同飛、54桂、同飛、44香、同飛、34桂、同飛、52角成、同玉、53金まで11手詰
ちょうど上田作、岩田作、中村作とは飛車の動きが逆になっています。詳しい解説は省略しますが、こちらもよく似た作品があることでしょう(本作の価値は、複雑になりがちなものを少ない駒数、簡潔な変化で表現できた点にあると思っていますが)。
これを「この詰将棋がすごい!2012」で中村さんに逆に選んで解説していただけることになるとは、予想外でした。
会合などでいろいろな方と話をするとやはり自分の脳は刺激される(ということで、創棋会から帰ってきてパソコンに向かっている次第なのですが)。このわくわく感はいくら年をとっても忘れたくない。
こんな感じの批評がもっと本誌にも出回るといいのにな…と考えつつ、筆を置きます。