![]() 暇がある間に、できるだけ早いうちにアップします。
日本に帰ると事務手続きやら調査準備やらで鬼のように忙しく、更新できる気がしないので…。 今井光作品(近代将棋、1968年8月) ![]() 正解者ゼロの作品。 たしか数年前のことだったと思います。ネットサーフィンをしていて「般若一族の叛乱」ページを発見。どの作品も人知の限界に挑戦していてすばらしかったのですが、中でも特に強烈な印象を残したのがこの作品。まったく解く手がかりが分からずいきなり解答を見てしまったのですが、初めて手順を見た時の感動は今でも忘れられません。 あれから数年、幾度となく本作を並べてきましたが、実は言葉でちゃんと説明できるのではないか。そう思って書き出してみたのが今回の記事になります。 上記「般若一族の叛乱」ページでは手順に沿っているので、変化紛れが分かってもそれがどうつながっているかが少し分かりにくい。そこで、ここではどのような論理構造になっているかを解剖してみようと思います。 0.はじめにいじってみる 初手から48銀、68玉、59銀、57玉、58銀、68玉と進められそうです。飛車との連携で、この銀は37・48・59・58・49・69に動くことができるようです。 また、87の飛車で王手をかけ、89飛車型へと変換できそうです。 1.玉の逃げ方と飛車の関係 少し読んでみます。 初手から 【48銀、68玉】 ・このときに88飛とすると77玉、78飛、86玉、75銀、同成香、87歩、同玉、89香、88歩合、同飛、77玉、78飛、67玉 ![]() すぐには詰まないようです。このときに48銀の代わりに58銀だったら詰むのですが… ![]() さかのぼって68玉のときに 【59銀、57玉、58銀、68玉】 ・このときに88飛とすると今度は77玉ではなく59玉。 ![]() 以下89飛、68玉となって千日手。すぐには手が出なさそう。 2.69歩が打てると詰む→66歩を消去したい 次に、攻め方としてはどういう状況になったら後手玉を詰ませることができるかを考えます。 もし仮に、48銀・68玉・89飛型で66歩がなければ、 ![]() 69歩、77玉、87飛 として簡単に詰むことが分かります。 つまり、とりあえずの目標は66歩の消去です。 消去する方法ですが、87飛・57玉・67銀で58銀引、66玉とするのがよさそう。と勝手に考えます。 しかし初手から 【48銀、68玉、59銀、57玉、58銀引】では 56玉と逃げられて目標の66歩消去が達成できません。 ![]() 57飛と回ることができれば手が続きそうです。77香がどうやら邪魔駒のよう、また57飛、66玉、67銀引く、77玉という展開になった時、59の銀は69にいるほうが好位置になりそうです。 3. 77香を消去してから69銀型で58銀引を実行する 77香の消去は、48銀・68玉で88飛とすれば先ほど見たように可能だったはずなので、確認してみます。すなわち初手から 【48銀、68玉、88飛、77玉、87飛、68玉、59銀、57玉、58銀行、68玉、69銀、57玉、58銀引】 ![]() このとき56玉と逃げると… 【57飛、66玉、67銀引、77玉、78銀引、88玉、87飛、98玉】 ![]() 【99歩、同玉、89飛、98玉】 何と一歩不足で不詰。 4.一歩をどこで補うか こう考えたときに、37銀・59飛型で一歩稼ぐことができる、ということを発見するのがかなり難しいのでは、と感じました。何せ、本手順では使わない2筋のほうに追っていくのですから。 すなわち48銀・68玉・89飛型から37銀とし、 ![]() このときに57玉ならば 【59飛、47玉、56銀、37玉、39飛、26玉、27歩、同桂成、15銀、25玉、24とまで】 ![]() として詰んでしまいます。つまり、37銀に対しては28歩合が正着というわけです。これが序の一歩稼ぎのトリック! ![]() ちなみに48銀・68玉・89飛型から39銀とした場合は、57玉、59飛以下の変化手順で39銀が邪魔駒になって詰みません。 この一歩稼ぎ、77香を消去した後でも一見大丈夫そうですが、 48銀・68玉・89飛型から 【88飛、77玉、87飛、68玉、59銀、57玉、58銀上、68玉、88飛】 として89飛型を目指した瞬間に、後述する78香合で収束に誘導されて逃れます。 5.小まとめ:66歩消去までの手順 これまでの情報をもとに初手から作意手順を並べると 【48銀、68玉、59銀、57玉、58銀直、68玉、88飛、59玉、89飛、68玉、49銀、57玉、48銀、68玉、37銀、28歩、同飛、57玉】 ![]() 【48銀、68玉、88飛、77玉、87飛、68玉】 ![]() 【59銀、57玉、58銀直、68玉、69銀、57玉】 ここで58銀引に56玉なら、以下 【57飛、66玉、57飛、66玉、67銀引、77玉、78銀引、88玉、87飛、98玉】 ![]() 【99歩、同玉、89飛、98玉、99歩、97玉、87飛】 として詰みますので、58銀引に対して66玉と逃げざるを得ません。ようやく、冒頭に掲げた66歩消去の目的を達成できました。 【58銀引、66玉、67銀右、57玉、58銀行、68玉】 ![]() 6.収束への入り口 48銀・68玉・89飛型を作れば69歩で詰むことを確認しているので、この形を目指してみます。上図から普通に進めると 【88飛、59玉、89飛、68玉、49銀、57玉、48銀、68玉】 ![]() 【69歩、77玉、87飛まで】 この作意に設定しても充分に受賞級の出来栄えと思うのですが(そもそも、この作品は何と無受賞ですが)、作者の考えはさらに上をいきます。すなわち、88飛の局面で 【78香合】 ![]() これに対して同飛ととると、以下59玉、79飛、68玉で先に進むことができません(79玉と飛車を取られては不詰ですし、69飛では77玉で千日手) よって78香合の瞬間に49銀としてみます。以下59玉と逃げれば 【49銀、59玉、48銀、49玉、89飛】 ![]() 最下段なので高い合駒しかできず、この局面では角も金も簡単に詰みます。 ただ、飛車が28より近ければこの手順は成立しません。よって49銀に対しては中合いが必要。48に中合いしては簡単なので 【49銀、38角合】 ![]() 以下、普通に進めます。 【38同飛、59玉、89飛、79角合、同飛、同香成、48銀、49玉、39飛、48玉】 ![]() ここでの持駒は角角歩2。57角しかないですが 【同玉、58歩、47玉、48歩、同玉、57角、47玉】 ![]() 近いのに一枚足りません。収束の糸口は見えましたが、あと一工夫が足りないようです。 7.成香を移動させ、角を66に打つ 角を遠くから打つことができたら…と思い浮かんだらしめたもの。 2つ上の図で仮に66角と打つことができたら ![]() 57に合駒をさせることができるではありませんか。 ということで、75成香をどかせる手がどこかで入らないか探してみます。 この時に注意しなければいけないのが「77香を消去した(=玉型の持駒に香が入った)あとでは、収束に入るカギ(78香合)は玉型が持っている」ということ。つまり、58銀、68玉型で88飛と引く前に75成香を移動させるということです。これに注意して手順を進めていきます。 48銀・77玉型で78飛、86玉として、85となら成立しそうです。 ![]() 【49銀、57玉、48銀、68玉、88飛、77玉、78飛、86玉、85と、同成香、88飛、77玉、87飛、68玉、59銀、57玉、58銀、68玉】 この手順の塊を『上記5.小まとめ』の中でどこかに組み込めばいいことが分かります。 どこに組み込むか? 仮に最初に(66歩消去前に)成香の移動を行ったとすると、66香消去しようとした時の58銀引に対する56玉変化で問題が生じます。 すなわち66歩を消去しようとする直前のこの局面、仮に85と、同成香の交換が入っていると、 【58銀引、56玉】 ![]() 【57飛、66玉、67銀引、75玉】 ![]() …不詰。 つまり、成香の移動は66歩消去の後でないと成立しません。何と精密に作られていることか! ※ちなみに、成香を移動した後でも88飛・58銀型の77玉変化は 78飛、86玉、87歩、96玉、85銀、同玉、84成香以下で成立しています。これが83成香配置の意味です。 ようやく、手順が決定します。5.の手順で66歩を消去した後に、成香を移動させればよいのです。66角を打った後は、<図>で57の合駒(桂)を一枚多く持っている局面となるため59桂までで詰みです。 ※57への合駒ですが、桂以外で香・角は売り切れ。銀は同角、同玉、58銀打、68玉、59角までです。 8.手順の総まとめ ふう、長かった… 手順を最初からまとめて並べます。 ![]() 【48銀、68玉、59銀、57玉、58銀直、68玉、88飛、59玉、89飛、68玉、49銀、57玉、48銀、68玉、37銀、28歩、同飛、57玉】[28中合いで一歩稼ぐ] ![]() 【48銀、68玉、88飛、77玉、87飛、68玉】[77香の消去] ![]() 【59銀、57玉、58銀直、68玉、69銀、57玉、58銀引、66玉、67銀右、57玉、58銀行、68玉】[66歩の消去] ![]() 【49銀、57玉、48銀、68玉、88飛、77玉、78飛、86玉、85と、同成香、88飛、77玉、87飛、68玉、59銀、57玉、58銀、68玉】[成香の移動] ![]() 【88飛、78香合、49銀、38角合、同飛、59玉、89飛、79角合、同飛、同香成、48銀、49玉、39飛、48玉】 ![]() 【66角、57桂合、同角、47玉、48歩、57玉、58歩、48玉、57角、47玉、59桂】 まで79手詰。 ![]() 9.論理のまとめ 手書きの論理図をアップしようとしましたが、どうやら画像が重すぎるようです。 48銀・89飛・68玉型で69歩が打てると詰む。 よってこれを目指して66歩を消去するが、 その前の56玉の変化に備えて28歩合による一歩稼ぎ・77香消去を行う。 ところが玉方に香が渡ったことにより、58銀・68玉型で88飛とすると78香中合が発生する。これに対して49銀以下進めるとどうしても駒一枚足りない。 駒を補うために57角ではなく66に角を打ちたい。よって 66歩を消去した後に95とを捨てることによって、成香を移動させる。 75が空くため、成香移動と66歩消去の手順前後は成立しない。 以下収束。 10.筆者の感想 歩稼ぎの序を見つけないと66歩消去ができない。 66歩消去ができないと収束への入り方が分からない。 収束を見つけても、成香移動を行わないと66角が打てない。 幾重もの鍵を見つけては、手順を最初から構築しなおすという作業が行われます。 66歩の消去だけで終わることなく、それに輪をかけるようにして66角打のための成香移動伏線。並大抵の技量ではありません。いったいどのようにして作ったのでしょうか。 少し筆者が気になったのは、さきほども少し書きましたが ・66歩消去の意味付けが「66角を打つため」ではなく、まず先に「変化の69歩を打つため」であるということ →77香だけ消去した状態では、58銀・68玉型で88飛と引いたときに、78香合でも69玉でも逃れてしまう。 また、 ・1歩稼ぎの伏線が「作意手順」だけでなく「変化手順(99歩)」にも表れてしまっていること いくつもできる仕事があって、それらに順序をつけようとすると、先に行う仕事に対しては意味づけを2つ持たせなければいけないので、上記は仕方のないことなのかもしれません。 とにかくたくさん書いてしまいましたが、私はこの詰将棋に感動したのです。狭い将棋盤のなかで、これだけ複雑に絡み合った論理を表現できている作品は見たことがありません。 ※般若一族の叛乱で首さんは「66歩を消すのも、成香の移動も、すべてはこの66角を打つためだったのだ」というニュアンスで解説されていますが、上で見てきたように66歩の消去は直接的に角打ちとリンクしているわけではありません。48銀、88飛、68玉の局面になった時、69歩を打てるようにするというのが第一義です。結果として、この69歩の局面を回避するために玉型はやむを得ず78香合を出し、収束に至るというストーリー。66角打ちのための伏線として、75成香の移動という題が挿入されているという仕組みです。 ※「この詰2010」に若島さんの解説とともに載っている高木秀次さんの作品群が、これに近いものを感じさせます。しかし、仕事の順番と論理の組み立てとしては今井光作品の方が数多く、論理的な組み立ての複雑さは上ではないかと感じました。高木氏の作品は個々の変化・紛れが非常に複雑で、その意味では本作よりもはるかに難解ですが…。本作は逆に、個々の変化の量としては決して多くない。その代わり、伏線が幾つにも絡み合っている点が難解なのでしょう。 いずれにしろ、どちらも自分の頭で解いたことがないので判断しかねるのですが、解く人の頭の構造によってこのあたりは変わってくるのかもしれません。 詰将棋は普通、主眼手や主眼となる手順の塊があり、それに(中編や長編の場合は)序と収束がついています。しかし本作は序も収束もなく、まして「ここが手の中心だ」という部分もない。前手順の組み合わせが主眼といっていいような詰将棋だと思います。唯一の正解者として元のホームページ「般若一族の叛乱」に名前が載っている故・米長永世棋聖は、この論理の全てを3時間で見破ったということでしょうか。恐ろしい人です。 本作の題名について、由来を私は知りません。どなたか知っている方がいたら教えてください。 11.最後に 本稿を完成させるまでに何度も舐めまわすようにページを繰った「般若一族の叛乱(http://hyudo.shiteyattari.com/)」ホームページ管理人の故・首猛夫氏に、深く御礼申しあげます。 今回はたまたま時間が空いていたため、これまでの自分の頭の整理もかねて、一気に書き上げました。またエネルギーがたまったらこのようなレビューを書いていこうと思います。 今週は怒涛のように記事をアップしましたが、ネタが尽きました。 なので、次更新するのはおそらくかなり後になるかと思います(笑)。 それでは。 ==================2014.4.11追記====================== ついに画像を大きくしました。これで見やすくなるはず。 ![]() |
詰将棋懐石メモ~h160seの倉庫~ |
※あまりにも陳腐な名称なので漢字を少しかえてみました。懐石料理のようにじっくりと詰将棋を味わう意味も込めて。
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Author:shogisolving160
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